第5章|崩れても、もう一度立て直せる会社とは
私は会社を動かせません。
決裁権もありません。
会社の底辺にいる、ただのドライバーです。
けれど、35年以上、現場を走ってきました。
だからこそ、思うのです。
強い会社とは、止まらない会社ではない。
止まっても、立て直せる会社です。
円卓は壊れる。でも終わらない。
『ログ・ホライズン』では、円卓が崩れます。
けれど物語はそこで終わりません。
誰かがまた話し合い、
役割を担い、
少しずつ組み直していく。
デリカフーズの経営理念「体」
会社も同じではないでしょうか。
「都のものは、すべて田舎を源とする」
『方丈記』には、こんな一節があります。
都のものは、すべて田舎を源とするものにて
都は、自分だけで生きているのではない。
田舎から物が運ばれてくるから成り立っている。
東京都の食料自給率は、およそ2%程度と言われています。
つまり、ほとんどが外から運ばれてくる。
それでも、都は気づきにくいのです。
物が毎日届くから。
会社も同じではないでしょうか。
本社が東京にあり、数字が順調に見えるとき、
地方営業所の車両や設備の状態は、目に入りにくい。
「まだ走れる」
「まだ大丈夫」
そう言っている間に、現場では静かに傷みが進む。
私のような底辺ドライバーが言えること
私は会社を変えられません。
けれど、YouTubeなどで情報を得ることはできます。
養老孟司氏の講演内容で心に残った一説です。
『方丈記』には、こう書かれています。
都のものは、すべて田舎を源とするものにて
都は、自分だけで生きているのではない。
田舎から物が運ばれてくるから成り立っている。
鴨長明の時代、飢饉や地震が起き、流通が止まりました。
死体が都にあふれ、空気が臭ったと淡々と記されています。
これは800年前の話です。
しかし、南海トラフ地震は、過去に何度も起きています。
1944年、昭和19年にも発生しました。
そして政府は、再び起こる可能性を公表しています。
時代は進みました。
けれど、天災は進歩しません。
繰り返します。
時代は、繰り返すのです。
鴨長明は、戦の話よりも、飢饉や流通の停止を書きました。
なぜか。
物が運べなくなったとき、
都はあっという間に崩れるからです。
私は偉くありません。
けれど、ハンドルを握る立場から見える景色があります。
車両整備はコストではありません。
地方営業所は数字の下請けではありません。
都は田舎に支えられている。
本社は現場に支えられている。
それを忘れたとき、会社は静かに弱くなる。
フリーレンが教えてくれた「時間」
『葬送のフリーレン』は、派手な勝利の物語ではありません。
時間の話です。
積み重ねの話です。
人は死にます。
街は変わります。
仲間もいなくなります。
でも、旅は続く。
失ったあとに、どう歩くか。
それが強さだと、私は感じました。
物流も同じだと、私は思います。
地震が来るかもしれない。
南海トラフが来るかもしれない。
でも、来たあとにどうするか。
それを考えることが“強さ”だと思うのです。
本社は現場を忘れていないか
東京都の食料自給率は、およそ2%と言われます。
ほとんどが外から運ばれてくる。
これは養老孟司氏の講演でも幾度も語られています。
それでも都は、日常を続けられる。
物が届くからです。
会社も同じです。
本社が東京にあり、数字が並んでいるとき、
地方営業所の車両や設備は、見えにくい。
「まだ走れる」
「まだ壊れていない」
その判断が、未来を削っていないか。
私は決裁できません。
けれど、ハンドルを握る立場から見えるものがあります。
都は田舎に支えられている。
本社は現場に支えられている。
それを忘れないこと。
それが、次の天災への備えになるのだと思います。
私のような底辺ドライバーが言えること
私は会社を動かせません。
決裁権もありません。
でも、車両を丁寧に扱うことはできます。
体調を整えることはできます。
今日の一本を、無事故で終えることはできます。
デリカフーズの経営理念「智」というのは、
そういう小さな積み重ねのことではないでしょうか。
徳(自分以外の他者を思いやる姿勢と行動によって積み重ねるもの)
体(自分の脳を含む全身を鍛える、動く動かす)
智(自分を中心に置かず、素直な心で全体を考え続ける)
それが揃ったとき、
会社は強くなる。
徳 × 体 × 智
Anime × Philosophy × Logistics


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